Soup Friends

Soup Friends Vol.46 / 河瀬 直美 さん

まっすぐに見据えて一言ずつ丁寧に話をする河瀬さんの瞳はきらきらと輝いています。これまでも数多くの作品を撮ってきた映画監督である河瀬直美さんは、昨年から制作に取り組んできた奄美大島を舞台にした最新作「二つ目の窓」を完成させました。日本人としてこの島に生きる人々の生き方を捉えて映像に紡いでいく彼女。心が素直で、情熱的で、未来を見つめている人という印象です。作品にこめた想いをうかがっていくと、作品の世界を飛び出して、河瀬さんの生き方が見えてきました。

──スープはお好きですか?

はい、好きで良く食べます。食べるとほっとしますね。体調が優れない時や、忙しい時など、レストランに行ってもサラダとスープのチョイスは必ずスープを選びます。今年は忙しくてなかなかできていないけれど、料理は好きだしやります。自宅の周りで作っている野菜で食事を作ります。それから味噌汁は毎夕食べます。毎年麦と玄米を入れて作る自家製の白味噌を使っています。去年から米も作ってて、食べる分だけ何キロか精米して息子は白米、私は玄米を食べています。

──お米や農作物を作り始めたきっかけはなんですか?

震災後の春から夏野菜を作りはじめて3年めになります。私の鍼の先生が大分県にいい農家さんがいるよと教えてくれて無農薬、無化学肥料の『循環農法』をやっている赤嶺勝人さんを訪ねたんです。育てた方などをいろいろ教わりました。放っておけば、土は作物を育てる事に適した一番良い状態になる。雑草も刈って置いておけばそれが自然に土に馴染んで循環するんです。それを許さないのが人間の「時間」に対する考え方なんです。循環する時間を待ってあげる事ができない。急いでしまい、化学の力でぎゅっと進めてしまう。でも私は、それを自然の形で作りたいと思っているので、じっくり時間をかけます。

──奄美大島現地での撮影はどんなものを食べていたんですか?

河瀬組の食事はいわゆる「ロケ弁」とは違って、熱いものは熱いうちにいただく、お母さんが作るような温かい料理を食べます。現場の近郊農家さんがお野菜をくださったりとか、食材はさまざまな形で集まってきました。朝ご飯から映画のディスカッションがはじまっているので食堂が打ち合わせの場所みたいになるんです。やはり「同じ釜の飯を食べる」というのはかけがえがないですね。お腹がすいているとクリエイティブな議論はできないし、発想もわかないんです。おいしいものを食べて怒る人はいないでしょう、現場でいろんな事があってたとえぎこちない日があっても、不思議と食事を一緒にすることで落ち着くんです。今回の現場も私も撮影監督も、食べ物に対する欲求が高い(笑)、だからご飯はすごく大事にしていました。

──映画の中で「命をいただく」事について描かれていましたね。

「食べる」事は命に直結している事だと思うんです。命が巡っている事を知ることで、自らの命を大切にする。ヤギをしめるシーンを描いたのは、そこにメッセージがあります。奄美大島ではヤギ、豚、鶏は自分たちでちゃんと育ててつぶすというのが習わしでした。現代人から見ると野蛮だと思われるんだけど、スーパーでトレーにのって売られるお肉の方が、ずっと機械的で出所が不透明だったりします。命にちゃんと向き合って、ひとつずつに感謝する。ヤギの死を、主人公の1人は恐怖を感じて見つめ、もう一人は眼差しをそらさない。それぞれのタイミングで魂に向き合っている姿を描きました。

──河瀬さんが今回の作品で描いている「命をつなぐ」ことは世の中を見つめるどんな視点から生まれたのものでしょう?

なぜ人は生まれ、なぜ死ぬのか。このことを映画を創る事で発見したいと思っているんです。人間だけでなくて動物も体内の何かからそういったことを感じとって子孫を残そうとします。人間がちょっと別の方向に行こうとするのは、それは頭(脳)があるからですよね、生態系や世の中をコントロールしようとする。いつの時代も、いつまでも生きようとするし、何かを支配しようとする。次のステップに行こうとするのであれば、そろそろどこかで自粛して、自分の命だけでないということを悟り、橋渡しをする役割に気づかなければいけないと思っています。私は芸術や表現には、そういったメッセージを投げられる可能性があると思っています。決して自分の私利私欲ではなくて、大きな眼差しを持っていたいと思っています。

──共存していくためにできることは何でしょう?

誰かがひとり、何かを許す。「許し」も大切なテーマだなと思うんです。許されたものが、また誰かを許すと思うんです。そうすればもう少し曖昧な社会になれるんじゃないかなと思う。何かひとつ失敗しただけで、もうだめだってなってしまうから、怖くなるんですね。また、言葉が持つ本来の意味をうけとらずに極端な一片だけとりあげて、本質的に言っていることを理解しない。耳を傾けたり、じっくりと話し合ったりする、そういう姿勢が大切だと思います。

──明日からできることは何でしょう?

誰かに優しくする。そうすれば、その優しさは伝染します。意地悪されたら誰かに意地悪しちゃう。表情ひとつでも、それが伝染していく。笑顔は美しいですよね。辛い、しんどいっていう顔をしている人の周りには人は集まらないです。奈良の田舎のおっちゃんが「こらえてや?」って良く言ってたんですよ。「自分も一緒にやるから」という意味でその言葉を使っているんですね。そうすると、丸くおまるから?って。そういう考え方が日本の文化にはあるんですよ。つまり、自分がうまく行く事ではなくて、物事全体がうまくいくことを考える。映画創りもそれにとても似ています。自分のためだけに映画を創るのではなく「こんな映画にしたい」から創る。自分は映画創りの駒ではないけれど、でも映画が良くなるなら自分の考えは後回しと、それくらいの気持ちでやれるんです。今回の現場は撮影・照明・録音・美術・助監督・演出の技師たちが全員そう考える事のできるメンバーでした。

──作品を通して届けたい「豊かさ」はなんでしょう?

ひとりじゃない事を実感することです。物を買ったり、おいしいものを食べるのは、心を満たすことですよね。自分以外のものに抱きしめられる事や、自分を理解してくれた瞬間、一緒になし得たという一体感、そういうものが豊かさなんだと考えています。

──河瀬さんの原動力はなんですか?

愛です。「愛」する気持ちがないと、何も動かないです。自分の中から沸き上がる愛。それがあればどんなこともやれます。断ち切られちゃうと深い悲しみだし、ひとりではなかなか育むことができないけれど。そして、渡す相手や、注ぐものがないとそれは愛と呼べない気もします。子ども(ひとつの命の存在)は私を「私だけではない」という意識をもたらしてくれました。私が「いのちをコントロールしてはならない」という事を知ることになった存在です。自分だけの意見を言うのではなく物事をどう運べばいいかということに意識を持っていけるんです。

──一番興味があることは何でしょうか?

蜂です。米を作ったので、次は蜂蜜を自家採取したいと思っています。

河瀬直美(かわせなおみ)

映画『2つ目の窓』
映画作家。奈良市生まれ。大阪写真(現ビジュアルアーツ)専門学校映画科卒業。映画表現の原点となったドキュメンタリー『につつまれて』(92)『かたつもり』(94)で、1995年山形国際ドキュメンタリー映画際国際批評家連名賞などを受賞。1997年 初の劇場映画「萌の朱雀」(97)でカンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)を史上最年少受賞し、同映画祭にて2007年「殯の森」グランプリを受賞。2009年にはカンヌ国際映画祭に貢献した監督に贈られる「黄金の馬車賞」を受賞。更には2013年、日本人監督として初めて審査員を務めた。地元・奈良では2014年9月12日から第2回目を開催する「なら国際映画祭」のエグゼクティブディレクターを務めており、現在、奄美大島を舞台にした最新作「2つ目の窓」の公開を7月26日(土)に控える。

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