Soup Friends

Soup Friends vol.106/髙田郁さん

『食は、人の天なり』―。江戸時代、料理人としてひたむきに生きる主人公・澪(みお)と、人々の心を結んでいくお料理が印象的な「みをつくし料理帖」。幅広い年代に愛され続けるこのシリーズの原作者・髙田郁さんに、作品の生まれた背景をたっぷりとおたずねました。


作家になる前は漫画原作者の仕事をしていました。漫画の世界に深い愛情を抱いていたのですが、ある時、年齢を重ねてから読み直した山本周五郎さんの小説に衝撃を受けます。「ここまで書けるようになりたい」「自分の書き綴った文章がストレートに読み手に届く世界に行きたい」と強く思い、時代小説の世界に飛び込みました。デビュー翌年に書き始めたのが「みをつくし料理帖」です。「みをつくし」とは、通行する船に水深や水脈を知らせる標識のことで、大阪市の市章にもなっているんですよ。大坂生まれの主人公が、人生に起こる様々な出来事に悩み、迷いながらも、自ら道を切り拓いていく。料理とそこから広がる人生に「身を尽くす」澪の姿を描くことで、読み手の心に寄り添う物語にしたいと願って名付けたタイトルです。巻末の献立は、いずれも研究と試作を重ねたもの。江戸時代に実際に作れたかどうか、美味しく作るにはどう工夫すれば良いのか、試行錯誤を繰り返しました。どの料理にも思い入れがあるのですが、生麩は腱鞘炎になるまで試し、鼈甲珠(べっこうだま)ではコレステロール値が大変なことになり、蒲鉾(かまぼこ)はなかなか納得できる仕上がりにならず、小田原の蒲鉾屋さんに教えを乞いに伺いました。


21年前に他界した父が、生前、いくつも病を抱えており、食事制限もとても厳しいものでした。母はそんな父を支えようとして、食品添加物を避け、いろいろなものを手作りしていました。料理上手な上に手間を惜しまないので、どれも本当に美味しかったのです。お味噌もお豆腐もソーセージも、母が手作りしていました。ひき肉を作る「ミンサー」とか、当時の家庭でも珍しい調理器具があったんですよ。母が特にこだわったのは、出汁作り。お出汁がしっかり引いてあれば、塩分が少なめでも美味しいんです。お手伝いの特権として、海苔巻きの端っことか、網焼き肉の切り落としとか、味見できるのも幸せでした。「器は料理の着物」「下拵(したごしら)えも味のうち」「料理は最初、目で食べる」等々、先人たちの教えも、母からよく聞かされていました。また「口から摂るものだけがひとの身体を作る」という、原作の登場人物、医師・源斉の言葉は、母の口癖でもありました。佳き人生を生きる上で、心を込めて作った料理というのは切り離せない、と考えています。


誰と食べるか、どんなシチュエーションで食べるかによって、同じ料理なのに味わいは変わります。心の通う人と囲む食卓は間違いなく「美味しい」し、良いことのあった時の食事も「美味しい」。仕事帰り、あるいは出先で、ひとりでスープストックトーキョーに立ち寄って「ふぅふぅ」するのも、きっと「美味しい」。辛くて疲れきっていて「もうダメかも」と思っていても、口にしたもので慰められることもあり、それも「美味しい」。状況はそれぞれ異なるけれど、どれもすごく「美味しい」。どうしてかな、と考えると、「ああ、幸せだな」「生きてて良かったなあ」「よく頑張ったなあ」「胃がぽかぽかして、元気になるなあ」等々、心が前を向くからではないか、と。日々、幸せなこと、良いことばかりではないですものね。時に凹んだり、悲しかったり、疲れ果てていたり……。そんな時に、丁寧に作られたものを口にすると、慰められます。だから、「美味しい」の重要な要素は、食べるひとの「前を向く力」を引き出してくれる、ということだと思うのです。

映画化に伴い、大好きなスープストックトーキョーさんとのコラボが叶いました。このスープ、「こいつぁいけねぇ、いけねぇよぅ」と叫ぶこと間違いなしの美味しさなんですよ。私も太鼓判を押させて頂きます。一杯のスープで、あなたとつながれる幸せに、感謝多謝。


髙田 郁(たかだ かおる)

兵庫県宝塚市生まれ。中央大学法学部卒。1993年、集英社レディスコミック誌『YOU』にて漫画原作者(ペンネーム・川富士立夏)としてデビュー。2008年、小説家としてデビューする。著書に400万部を超える大ベストセラーとなった「みをつくし料理帖」シリーズのほか、「あきない世傳 金と銀」シリーズや、『出世花』『蓮花の契り―出世花―』『あい―永遠に在り―』『銀二貫』『晴れときどき涙雨―髙田郁のできるまで―』『ふるさと銀河線―軌道春秋―』などがある。「みをつくし料理帖」は松本穂香主演で映画化も決まり、2020年10月16日(金)に全国一斉公開となる。

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