Soup Friends

Soup Friends Vol.42 / 高山なおみ さん

発見と癒しの場として愛され、惜しまれながら閉店した吉祥寺のレストラン「諸国空想料理店Kuu Kuu」のシェフを経て、料理家、そして文筆家として活躍される高山なおみさん。これまで書かれた著書は、レシピ本や日々の出来事を綴った日記、暮らしを綴ったエッセイなどさまざま。料理や風景を切り取り、食材の選び方、肩に力を入れすぎない家庭料理の在り方を伝えてこられました。そして、心の声をレシピに盛り込んだ新感覚書籍「料理=高山なおみ」を5年ぶりに手がける料理本として、この1月に創刊したばかり。そこに込められた想い、これまで歩まれてきた道のりについてお話を伺いました。


──高山さんにとっての思い出のスープを教えてください。

ロシアの「シチー」というキャベツのスープです。仕事の取材で訪れたロシア、イルクーツクにあるバイカル湖の畔で出合いました。随筆家、武田百合子さんの著書「犬が星見た―ロシア旅行」を巡る取材の途中で、手作りの昼食をごちそうしてもらえることになったのです。山と湖に囲まれた静かな村でした。30代の姉妹が迎えてくれて、古めかしく可愛いらしいアパートで「シチー」をいただきました。作り方を教わると、まず牛の塊肉でスープストックを作り、人参、玉葱を入れてことこと煮込むそう。肉が柔らかくなったらいちど取り出して食べやすく切り、そのほかの野菜も加えていきます。細かく刻んだパプリカやじゃがいも、発酵キャベツも入っていました。透き通ったスープで味付けは塩のみ。食卓にはサワークリームと細かく刻んだ細葱とディルが花柄の器に山盛りなっていて、スープに混ぜながらいただきました。発酵キャベツといってもザワークラウトほど発酵が進んでいないので、酸味はほんのり。やさしい味のするとってもおいしいスープでした。この発酵キャベツはさまざまな料理に使われているようで、ペリメニ(水ぎょうざ)にも入っていました。シベリア鉄道の食堂車で食べたのは、ボルシチと並ぶロシアの庶民食「サリャンカ」という赤いスープ。ハムやベーコンの入ったトマト味の酸味のあるスープですが、ピクルスの汁が入っているようでした。だしが強すぎず、とても好きな味でした。「サリャンカ」はロシア人にとってのみそ汁のようなものではないかなと思いました。

──ふだん料理するときにスープは作りますか?

味噌汁はよく作ります。基本的にはあっさりめの信州味噌を使っています。この味噌は牛乳を使ったスープなんかにひとさじ入れると、洋風のままなんとなく落ち着いた味になります。スープは、わざわざ腕をまくって一から作るというよりは、くたびれた時に横になりながら煮込んだり、主人が留守をしたときに、パソコンで書きものをしながら鍋をかけておいたりしますね。暇なときに大豆を茹でておいて、茹で汁を冷凍しておくと、スープが飲みたいときにさっと使えて便利です。ゆで汁ごとあたためて、牛乳を加えるだけで簡単でおいしいスープができます。買い物に行きたくないときなんかも、スープは便利ですよね。あるものを上手につかって煮込んでしまう。買い物は、毎日は行きません。冷蔵庫の中に食材がたくさん詰まっている状態は、なんだか安心できないのです。だめにしてしまうのが心配で。旬の食材でもなんでも、買って帰ったらおいしいうちに料理してお腹に入れてやらないと、と思っているんですね。

──高山さんがエスニック料理に出合ったのはいつでしょうか?

中野にある「カルマ」という多国籍料理屋さんでした。23歳の頃から7年間働いていたお店です。そこのお店のスープも面白くて、小さなガス口にはいつも同じ鍋が火にかかっていたんです。ベースは塩味で、料理をしながら毎日欠かさず火を入れて、肉の切れ端やらくず野菜などなんでも加えて煮込んでしまうのです。高菜の古漬けと刻んだにんにくだけは必ず入っているんだけど、なんともいえない複雑な味がして。そういえばヨーグルトも入っていたような。たしか、「気まぐれスープ」という名前でした。当時はまだ東京でもエスニック料理屋さんは数えるほどで、オーナーに新中野にあったベトナム料理屋に連れていってもらって、はじめてニョクマムに出合いました。春巻きのお皿に、水で薄めたニョクマムがついてきたんです。ショックでしたね、世界にはこんなにおいしいものがあるのかって。

──しかし高山さんの料理は専門料理ではなく、ご自身のオリジナルになっていますよね。

その後、私が勤めたレストラン「KuuKuu」はオーナーが諸国空想料理と銘打っていたので、いろいろな国の料理を自由に作らせてもらいました。今でも大好きな本なのですが、「世界の料理」シリーズ(出版:タイム ライフ ブックス)を読んでは、想像をふくらませていました。この本には世界中の人々の暮らしや、どんなスパイスや食材を使っているかが写真付きで載っているので、眺めているだけで楽しいのです。人々の暮らしぶりを想像すると、料理が浮かんできます。味が、匂いがしてきます。私は研究熱心な方ではないので、異国の料理を勉強し、そっくりそのまま作ろうとは思いません。料理はおいしければそれでいい。決まりなんてないと思っています。作っていて楽しく、家族や友だちが喜んでくれるのがいちばんなので。

──読者の声は届いて来ますか?

いただいた読者葉書には、料理が苦手なんだけど本を読んでやってみました、本を読んでいたら料理がしたくてうずうずしました、などと嬉しい声が寄せられます。とくに、「日々ごはん」という日記をまとめた本は、私の毎日を読者が自分に引き寄せて読んでくださっているのを感じます。たとえば洗濯物を干しながら、風がそよいで木が揺れたとき、その葉っぱの様子や心に起こった変化などをていねいに描写していくと、読者も同じ景色を見ることができるようなのです。ある時、それがわかった瞬間がありました。自分の中にわき起こる実感や、風の微妙な変化など、綿密に書けば書くほど、それは私の内面だけにとどまらず、外に広がって読んでいる人に重なることができる。それは料理とも関係があると思っています。料理は、私と同じ体の仕組みを持った、その人自身の心や記憶、体の中にあるものだから。

──新著「料理=高山なおみ」について

この本は、読み物がそのままレシピになっています。料理を作るのが苦手だと思い込んでいる人たちに手にとってもらいたいなと思って作りました。たとえば、どうしてロールキャベツを作りたくなるのか、ということを文章にしてみたんです。料理を作る喜びはどこにあるんだろうと。だから、自分の中にある喜びの源をさぐって、出てきた料理だけを作り、撮影してもらうことにしました。もともと文章を書くのが好きで、以前から料理本以外の読み物も何冊か出しているのですが、ふり返ってみると、私にとってはエッセイも日記もすべてが料理本といえるなあと思うんです。今までは、いわゆる実用書としてのレシピ本と文章の本を分けて考えていたのですが、「料理=高山なおみ」では分けることをしなくてもいいのだなと思いながら作りました。

──毎日の食事のリズムを教えてください。

基本的には、家で仕事をする主人と二人で朝、昼、晩、を食べます。今、お弁当が自分の中で流行っていて、「うち弁」っていうんですか?(笑)夕飯で残ったご飯と、おかずはその日の朝にあるものでちゃちゃっと作って、詰めて完成。それぞれのタイミングで好きなときに食べます。ずっと家で顔を合わせているので、たまには別々に食べたいんです。朝食は9時、昼食は1時、夕食は18時半。どんなに忙しくても17時半には仕事を切り上げることにしています。

──いま伝えたいこと。

料理を高いところに置かずに、もっともっとひき下げて、自分に近づけてほしいと思います。背伸びをせずに、それぞれが心からおいしいと感じる料理を作ってほしいなと思います。

──今後やりたいことを教えてください。

どこか外国の家にホームステイして、その家のおばあさんや奥さんから料理を教わってみたいです。

高山なおみ/たかやまなおみ

1958年静岡県生まれ。レストランのシェフを経て料理家に。文筆家としての顔も持つ。著書に『帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。』(文春文庫)、『高山なおみの料理』 (KADOKAWAメディアファクトリー)、『日々ごはん(1)~(12)』『おかずとご飯の本』『チクタク食卓(上)(下)』 (以上アノニマ・スタジオ)、『高山ふとんシネマ』(幻冬舎)、『アンドゥ』『押し入れの虫干し』(リトルモア)、『今日もいち日、ぶじ日記』『明日もいち日、ぶじ日記』(以上新潮社)、『気ぬけごはん』(暮しの手帖社)など多数。1月に5年ぶりの料理本『料理=高山なおみ』(リトルモア)が発売されたばかり。

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