Soup Friends

Soup Friends Vol.52 / 在本 彌生 さん

美しい長い髪、凛々しさとチャーミングさが同居する雰囲気。語る口調はおっとりと穏やかだけれど、直感に突き動かされる情熱的な素顔が見え隠れする。料理家の細川亜衣さんが出版した「スープ」の本で、撮影を担当した写真家の在本彌生さんは、前職がアリタリア航空の客室乗務員という異色の経歴の持ち主。世界中を飛行機で旅をした回数は数え切れないほど。写真家に転じるきっかけになった日々、写真家になってからの日々。写真を通して彼女が見たいと思っている景色についてお話を伺いました。

──スープはお好きですか?

スープって、女性にとってはとても好まれるものだと思うんですけれど、私もご多分にもれず。子どもの頃に好きだったのは、母が作ってくれたとうもろこしとベーコンと玉葱で作るコーンスープです。少し粒が残った手作りのコーンスープ。パンにつけて食べるのが好きなんです。アリタリア航空に勤めていた頃イタリアでよく食べたのが、レンズ豆を、ひとかけのにんにくと玉葱と一緒に煮込んだもの。中東あたりでも食べられているスープですが、ここからヒントを得て、自分では豆入りのミネストローネを作ってよく食べます。スープは、疲れたときに一番食べたいと思う、特効薬ですね。大人になるにつれて、疲れには甘みよりうま味だと思うようになりました。

──お料理はしますか?

はい、します。というのも、前職の時からそうなんですが、自分で自分の食事をコントロールすることがなかなか難しい状況にあることが多いので。なるたけベース(自宅)にいる時は自炊して、体を整えるようにしています。基本的には和食が好きですね。どちらかというと肉より魚という好みですが、なんでも食べます。朝ごはんはそんなに食べないかな、ヨーグルトと果物とパンひと切れにコーヒーかな。でもなにかかならず口にいれてから出かけますね。仕事で食欲がなくなるということは、ないんですが。時間は不定期なのでリズムが作りにくくて、遅い時間は食事の内容を軽くするなどの工夫はしていました。

──お仕事について。客室乗務員になられた経緯を教えてください。

イタリアに恋をしたんです。大学3年の時に映画の「ニューシネマパラダイス」を観て、自分はイタリアに呼ばれている!と確信したんです。すぐに、留学をしようと決めて親に相談したら、そんな動機は不純と相手にしてもらえなくて(笑)。それで、仕事でイタリアに行ける道を探そうと見つけたのがアリタリア航空だったんです。他の航空会社も受験しましたが、最終的にアリタリア航空に決まったんです。まあ、大学時代の女の子の思い込みですよね(笑)その発想を、勢いと好奇心で肯定しちゃったんだと思います。結果、14年務める事になりました。

──仕事はどうでしたか?

最初はとても夢中でしたね。20代前半は、本当にいろいろな場所に行けるのが、楽しかった。海外に渡航になると軽く2週間は日本に帰って来られなくなります。帰国すると浦島太郎状態になってしまうんです。しかも行き先はデリー、イタリア、モスクワ、気温差もすごいし、荷物も多くなる。けれど、そういう移動は刺激的だし、おもしろい。起こること見るものすべてが新鮮。一般的な客室乗務員は、大抵行き先は一箇所なんですが、一部のヨーロッパ系の航空会社に限って目的地が複数に渡っていた、特殊な時期でした。5年くらい勤めたときに、ふと思ったんです。何かが私のキャリアに蓄積されているんだろうか、と。基本的には接客業ですから、流れている月日がなんだかもったいない気がしたのです。自分がやっていることを、記録したり形にしたいと思いました。どうにか残したいと思ったのか、日記は書き続けていました。最初の写真集のエッセイはその日記から抜き出して綴ったものもあります。ものすごいスピード、時速1000kmで移動していて、飛行機のドアが開くと違う場所にいる。モスクワに着けば、毛皮の帽子をかぶったアーミーがチェックをしに来る。自分がそこにいること自体が、面白くて不思議で。その10時間後、あるいは、48時間後にはまた違うところに着いている。ただ、目の前にあることは現地の人々にとっては日常で私だけが異邦人になる。さらに行く先でさらなる旅もしていましたから、あらゆる場所を訪れました。おそらく、1週間以上同じところにいたことがないという日々を14年間繰り返していたんですね。

──そういう好奇心って幼少のどんなところがルーツなんでしょうか?

もともと家族の文化のなかには表現するというような事はありませんでした。この私も、27歳のときにはじめてカメラを買ったくらいだし。ただ、ジャンル問わず一人で映画を観に行っていました。また、旅先では必ずさまざまな美術館に行きました。27歳のときに、機内でご一緒した搭乗客の方がふと、「写真やってみたら」と言ってくれたんです。さらにカメラ屋さんや具体的な指南をしてくれたんですね。それがきっかけで写真を撮りはじめました。行き先がイタリアだった事もあるのかもしれないけれど、搭乗客はみな個性的で、料理、音楽、ファッション、建築、関係者が大勢いました。全体的にセンス豊かな人たちと話しているのはとても面白かったです。

──興味のある被写体はどんな風に変化していくのでしょうか。

もともと被写体としての興味は、やはり旅ですね。最近は偶然にも料理や人を撮らせてもらう機会が増えて。それからもっとやってみたいと思うのは花かな。趣のある建築とか造形など、物といっても生きているように感じられる物が好きなんです。写真て、つまり四角や長方形のなかにどう形を入れるのか、ということなんですね。自分のなかの落ち着きどころがいいところ、しっくりところを探し続けているんです。人間の顔もちょっとの光の具合で変わる。多くの旅を経験し、移動し続けて来たからこそ「移ろっているもの」に、二度と同じ瞬間はないと思っているんです。絶対にこの時はもう来ない、二回同じことは起きないんです。毎朝起きて眺める景色でさえも、風景が同じでも、風や空気が違うので同じ景色にはならない。私が旅で得た教訓なんですね。

──写真を仕事にして今年で9年目、作品としての写真と、仕事で撮影する写真の違いは?

前回森岡書店で開催した写真展では、ベトナムで撮影した花市場の写真を展示しました。絶対自分が好きだろうなと思ったものを、選んで撮影しする。すると、出来上がりには納得するけれど、どこか受け身になってしまう自分もいます。一方、仕事で依頼されるものは、想像していなかった自分に出会うこともあります。この間は電動チャリの撮影で、本物の親子を撮影したんですが、とっても面白かったです。自分の幼かった頃や、親との関係を重ね合わせていったりする現象が起きて、とても不思議なことに。
また、どこかでみた風景を思い出し、再現する気持ちで撮影することもあります。ある種のノスタルジーですね。 それから3つめが「こういうことがあるといいな」と思っていたことが起きると撮りたくなるのです。先日雨上がりに、近所の見事な薔薇が庭先のアスファルトに鮮やかに散っていたんです。通りがかったら、綺麗な赤い花びらが目に飛び込んできて、「これはここで雨傘が撮りたい!」と思い立ちます。そこで、近所にすむ小林エリカちゃん(作家のお友達)を呼び出して撮影をしたんです。二度とはない、その瞬間を抑えたくて。

──細川亜衣さんの料理は一瞬の「おいしさのピーク」がある料理ですが、ご本人は在本さんが二度とない瞬間を撮る写真家だということを知っていたんでしょうか。

お互いが友人として、私は亜衣ちゃんのこだわりを、亜衣ちゃんは私の「衝動」や「直感」によって撮影された写真を、作品を見て知っている仲でした。それぞれが、根拠はないけれど自分の直感を信じるところや、自分にとっての「一瞬の大事さ」とか、そういう共通点を理解していたのかもしれないですね。
彼女自身と彼女の料理って似ていると思うんです。出会ってすぐ、この人魅力的と思う人っているじゃないですか。顔が綺麗っていう意味じゃなくて人となりで滲みでてくる何か。彼女の料理はそういう料理なんです。大胆かつ非常に端正な佇まい。料理上、大胆なアクションに見えても、頭のなかでは繊細な出来上がりがきちんとイメージされているんです。彼女なりの法則があるんだと思う。それも誰かに教わったものではなくて、経験が作り上げたもの。真似はできるけど、彼女自身にはなれない、潔い端正さ。私も写真においては潔さが同居していると思っています。世界の広さや魅力は充分見てきたから。そこで写真家にできることって、ただその状況に直面することなんだと思うんです。その魅力のある場面にたどり着いているということ、これが大切なんだと思っています。

──原動力はなんですか?

出会いに対する欲望かな、ハッとする感覚を、少しでも多く感じたいと思っています。それで、何かが起きそうな予感がするところに身を置いておきたいんです。だから、落ち着きないんです(笑)。レストランいってもいろんな味にチャレンジしてみたいように。

──今後について教えてください。

今年は写真の本を出したいと思っています。撮影や取材に行っているとあっという間に1年が経ってしまうので、少し集中して。それから文章に興味があって、今考えていることを綴ってみたいと思っています。とはいえ、誰かに押し付けるのは嫌なんです。旅ってひとそれぞれだと思うから。ただ、だれにとっても同じ時間の流れのなかで、私が出会った出来事の、私の目を通して思ったこと、これを伝えられたらいいなと思っているんです。

在本 彌生(ありもと やよい)

『スープ』
細川亜衣 写真:在本彌生
写真家。外資系航空会社で乗務員として勤務、乗客の勧めで写真と出会う。 以降、時間と場所を問わず驚きと発見のビジョンを表現出来る写真の世界に夢中になる。 美しく奇妙、クールで暖かい魅力的な被写体を求め、世界を飛び回り続けている。 2006年5月よりフリーランスフォトグラファーとして活動を開始。 雑誌多数、カタログ、CDジャケット、TVCM、広告、展覧会にて活動中。

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