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旅先ハワイ島 高原の町・ワイメア
スープ不思議な緑色のカルアピッグ・スープ
旅人今井栄一(フリーランス・ライター&エディター)
「『非日常』をまとった旅人の僕が、現地の『日常』に溶け込むんです」
今井栄一さんは、二〇代のころから、仕事やプライベートで毎年ハワイに出かけている。カウアイ島、オアフ島、マウイ島など、訪れる島はさまざま。現地の人々にインタビューし、常夏の景色を撮影してまわる、楽しい仕事だ。数え切れないほど訪れているハワイだけれど、いつも発見がある。
二〇一八年の夏、ハワイ島で過ごした。あの大きなハリケーンの直後に着く日程で、どうなることかと案じていたものの、島はいつも以上に美しかった。これまで島を曇らせていた火山の噴煙を、ハリケーンがすべて吹き飛ばしてくれたのだという。たくさんの雨が降ることで、蒸し暑さにやられていた緑も、いきいきとよみがえった。
島の住民たちは「時に自然は私たちに試練を与えるけれど、同時に、美しいものも与えてくれる」と語る。自分が自然の循環のなかにいることを、あらためて感じた旅だった。
オールドハワイのダイナーで、
初老の男性が食べていたもの
今回の宿は、標高九〇〇mほどの牧場の町・ワイメアにあるベッド&ブレックファースト。冬は雪がちらつくこともあるけれど、夏から秋はとても気持ちがいい。
レストランは少なく、ディナーのラストオーダーはたいてい早めだ。その代わり、朝ごはんを食べさせるダイナーやカフェは充実している。泊まった宿の近くには『ハワイアンスタイルカフェ』という有名店があり、せっかくなので行ってみることにした。
網戸のようなドアを押すと、ぎぃっと音が鳴る。カウンターのなかで、忙しそうに働くローカルのウエイトレスたち。天井から下がった大きなファンや、壁に飾られたTシャツなど、店内はオールドハワイの空気に満ちている。
ここの名物は、どのフードにもパンの代わりについてくる、直径三〇センチメートルほどのパンケーキだという。カウンターで注文を迷っていると、隣に座った初老の男性が、不思議な緑色のスープを食べていた。
ビーチサンダルに短パン。ハワイの人はたいていTシャツ姿なのに、その男性はよれよれの古いアロハシャツを着ていた。白髪頭には、色あせた野球帽。地元の新聞を見るともなく見ながら、緑色のスープをすすっている。
その緑色はケール? それともほうれん草?
尋ねると、男性は「カルアピッグのスープなんだ。ものすごくおすすめだよ、あまり頼む人はいないけど」と答えた。週に数回ここで食事をしていて、店を訪れれば、注文をしなくてもこれが出てくるほどらしい。
カルアピッグとは、ハワイの伝統料理のひとつだ。豚を大きな葉っぱの上に乗せて、熱した石を入れた穴のなかで、じっくりと蒸し焼きにする。今井さんももちろん食べたことがあるけれど、スープにするとは初めて聞いた。
非日常をまとった旅人としての自分が、
現地に溶け込む
ほどなくして、今井さんの目の前には緑色のスープが出てきた。
カルアピッグの塊がころころと入っていて、葉野菜がぐつぐつに煮込まれている。見た目に似合わず、さっぱりとした塩味がとてもおいしい。辛いビネガーを足すと、風味がさらに引き立った。
一口で魅せられたその日から、今井さんは毎日のようにそのカフェへ通い、カルアピッグのスープをオーダーしたという。テイクアウトをして、宿のラナイで食べるのも心地よかった。
日数の限られた旅では、つい、いろんな店をめぐる楽しさを優先してしまう。でも、同じ店に通うことで生まれる会話や人間関係、出会えるメニューが、確かにある。前回の続きからはじまるおしゃべりがあったり、お代わり自由じゃないはずのコーヒーがつぎ足されたり。繰り返しのなかに芽生える、安心にも似たよろこびだ。
今井さんは「なによりも、いま自分は『旅』から『ローカル』に入ったかもしれない、という感覚がいい」と語る。
旅先には非日常が待っていると思いがちだけれど、旅先には旅先の日常があるだけ。非日常をまとっているのは、じつは旅人である自分自身だ。そんな自分が現地の日常に溶け込んでいく瞬間が、面白い。
店に通いはじめて四日ほど経ったある日。
まだ注文をしていない今井さんのもとに、カウンターから、ことん。
湯気を立てる緑色のカルアピッグ・スープが、やさしくあらわれた。
旅人のプロフィール
今井栄一
フリーランス・ライター&エディター。著書に『雨と虹と、旅々ハワイ』『HAWAII TRAVEL HINTS 100』『世界の美しい書店』ほか、訳書に『アレン・ギンズバーグと歩くサンフランシスコ』『ジャック・ケルアックと歩くニューヨーク』など。ハワイ渡航歴100回以上。近年は北欧に通っている。https://www.instagram.com/imalogs_/