2015/1/10(Sun)@東京・中目黒
いつもとちょっと装いを変えた「おいしい教室」。
料理家・細川亜衣さんの新作レシピ集『スープ』(リトルモア刊)出版を記念したトークイベントを開催。細川亜衣さん、本の写真を手掛けられた写真家・在本彌生さんをゲストにお招きし、スマイルズ代表・遠山正道が聞き手となって、本の制作秘話やスープと食にまつわる話をうかがいました。
6,7年前、お友達の紹介で知り合ったというお二人。
初対面は、細川さんがご自宅でお料理を振る舞ったときなのだそう。それぞれの印象をお聞きすると、「ちょっとした一目惚れ。当時は写真家としてより、人間として強く惹かれていました」と細川さん。
対して在本さんは、「伸びやかな人。亜衣さんって柔らかい印象なんですが、ものすごくストイック。それに意思もはっきりしているので、友達甲斐があるんです」とお話くださいました。
レシピ集『スープ』について
料理家・細川亜衣の新作レシピ集『スープ』(リトルモア刊)写真:在本彌生
―遠山
お二人が手がけたこちらの本、『スープ』って書いてあるけど……「これはスープなのか!?」と目を疑ってしまいました。どのページも、写真とともにレシピがほんの数行載るという究極にシンプルな見せ方で、亜衣さんそのもの、と感じますね。
―細川
私は、料理をするうえで、この食材を一番おいしく食べるにはどうするか、ということを最も大事にしています。そうなると、自ずと削られていくものも多いのです。
―遠山
レシピ本というよりも読み物として面白いんですよ。例えば、〈トマトの種〉のレシピをちょっと読ませてもらいます。
<材料>
・完熟トマトの種 食べたいだけ
・極上の赤ワインビネガー ほんの少々
・塩 適量
完熟トマトは半割りにして、種をくり抜く。種、極上の赤ワインビネガー少々、塩を混ぜて冷やす。
以上。
……これって、スープですか?
―細川
とらえ方次第で、何でもスープになり得ると気がついたんです。例えばトマトは、種が極端に少ないサンマルツァーノなどの種類もありますが、たとえ切って溶けてしまうとしても、種を内包しているからこそトマトだということを忘れたくないんです。素材が生きた、美味しいかたちで食べてこそ、野菜の命を全うさせることになる。
―遠山
〈トマトの種〉のエッセイを読むと、どうやってこのスープのレシピに辿りついたのか、よくわかるんです。亜衣さんは、子供の頃からトマト好きで、皿をなめるぐらいに好きだったんですね。
―細川
そうそう。うちの母はトマトの皮を必ず剥いて、1センチ弱の厚さに切って、ドーム状に盛り付けて、塩をジャーっと振っていました。できることなら、それをすべて独り占めしたいくらい好きで、特に下にジューって残った水分がご馳走でした。
『スープ』の写真について
―遠山
亜衣さんのスープも超シンプルですが、写真の斬新さにも驚きました。どういう風に撮影したんですか?
―在本
1年に4回、熊本を訪れ、四季にわたって旬の食材をつかったスープを撮影していきました。
―遠山
写真がスープそのものにすごく寄っていて、ちょっとピンぼけしているのもまた、迫力ありますよね。
―在本
亜衣さんの料理を撮る時は、ある一瞬の、料理がきれいに見える瞬間を逃したくないんです。料理写真の専門家なら、三脚を立てて絞りを調整して撮ると思うんですけど、私はその時々、撮りたいところで撮りたいので、ほぼ手持ちで撮るんですよ。
―遠山
えっ、『仁義なき戦い』みたいに、走りながら撮るってこと?
―在本
そんな感じ。(笑)料理は生き物だ、と実感しました。例えば、〈豚レモン〉の写真は、スープの中の酸のせいで、どんどん緑の風合いが変わっていっちゃうんです。だから、「変わっていくなぁあああ」って思いながら。(笑)
―遠山
パイナップルのスープを撮った時は、「ほら、虹色にプリズムができてる!」と言われて覗いてみると、器の部分的なところに虹のような色が見えるなんてこともありましたね。
料理との出会い
―遠山
料理との出会いはいつだったんですか?
―細川
小さい頃は、食べることがあまり得意じゃなかったんです。好んで食べていたのは、みずみずしい野菜、すっぱいもの、そして甘くないもの。この三つは、昔も今も好きです。成長期の食欲増加とともに、作る方に興味が湧いて、母が持っていた料理の本や、雑誌の料理ページをいつも眺めていました。親がいないと友達とフルコースを作ってみたり。魚のパイ包み焼きとかね。
イタリアの話
―遠山
イタリアにいた時はどんな生活を?
―細川
フィレンツェに住んでいた時は、気に行ったレストランに「見せて欲しい」と頼み込んで、ちっちゃな厨房の隅っこに貼りついて、毎晩コックさんが料理を作るのを見ていたり。(笑)
―遠山
手伝うんじゃなくて、ただ見てるんですね。
―細川
はい。南イタリア出身のシェフだったので、お魚料理をよく出すお店だったんです。私の大好きな「すずきの“島風”」という料理があって、下に揚げたジャガイモと玉ねぎとプチトマトをまーるく敷いて、すずきの内臓を取ってほとんど丸ごと、水と油をかけてオーブンで焼きます。驚いたのが、日本人にとってご馳走となる、魚の皮や骨、頭、カマを全部捨てちゃうんです。「骨は刺さるからイヤ」とか「皮はぶにゅぶにゅしてるから食べない」と言いながら、きれいな白身だけ盛り付けていましたね。 素晴らしい料理を出すと評判のレストランは、数多く食べ歩いたんですが、また食べたいと思うのは家の味です。特別な材料は使わないし、年金生活の老夫婦の家では「オリーブオイルは高いから」とサラダ油を使うなんてこともあったんですが、その料理が高級レストランの味に劣るかというと、まったく別なんです。
―遠山
帰国されてから、結婚して熊本へ行くと、また食生活は変わりましたか?
焼きいものスープ
今回のイベントでは、Soup Stock Tokyoのスタッフが『スープ』の中から〈焼きいも〉のスープを再現し、会場の皆さんに振る舞いました。
―細川
今回は、安納芋を10キロ使いました。ポイントは、焼いもが出来上がって触った時、ふにゃふにゃとするまでしっかり火を入れること。更に皮を剥く時には、焦げた香りを取りすぎないこと。あとはすごく時間をかけて炒めると、焼きいもの糖分が油と絡み合うんです。玉ねぎを飴色まで炒める要領で、飴色になり始めた所で、初めて水分を入れて伸ばす。 家でよく焼きいもをするんですけど、焼きいもって、一度にたくさんは食べられないので、このスープが我が家では定番です。
細川さんと在本さん、それぞれのご経験や暮らしの中で大事にしていることを伺いながら、みなさんと一緒に<焼きいも>のスープをいただく。いつもとは違う「おいしい教室」のじかんとなりました。 「おいしい教室」では、一緒に料理を作るワークショップだけでなく、“食”にまつわるいろんな方のお話を伺ったり、時には生産者のもとを訪れたり、さまざまなスタイルで「おいしいって何?」を考えていきたいと考えています。