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旅先美食の町・バスク
スープどこか懐かしい野菜スープ、ガルビュール
旅人マッキー牧元(「味の手帖」編集顧問/タベアルキスト)
「おいしいスープは、愛と平和そのものだから」
僕は、このスープを飲むために生まれてきたのかもしれない。
喉から身体の奥に滑り落ちていく、野菜のあたたかなエキス。
細胞の隅々まで染みわたって、心もゆっくりゆるんでいく。
ただやさしいのではなく、まるで地平線の彼方までやさしいような感覚ーー。
マッキー牧元さんがそう語ったのは、フランス南西部で古くから親しまれている野菜スープ「ガルビュール」だ。キャベツにタマネギ、セロリ、にんじん、にんにく、インゲン、ポワロ、ガルバンゾ豆に赤ピーマン、三種類のじゃがいも。ソーセージの切れ端と鴨のコンフィも浮かんでいる。おそらくそのお店のレシピには、トマトも入っていた。
野菜たちのまろやかな甘みに、滋味深い豚の脂が、まったく境界線なく溶け合っていて。ほんのすこしの辛さとおだやかな酸味が、しずかに食欲を呼び起こす。まるで、故郷の母がつくったお味噌汁と同じように、素朴なのに力強いスープだったという。
前菜代わりに出てきたそのスープを、牧元さんは四杯もおかわりしてしまった。「とってもおいしかったです」と言うと、お店を切り盛りするお母さんは「なにも特別なことはしていないのよ。裏の畑で摘んできた野菜でつくっているだけ」と答える。
フランス・バスクの山間部。アルデュードという村にある、小さなレストランでの出来事だ。
人の身体や心を癒し、
直す力を帯びている食べ物
「おいしいスープを飲んだときにしか味わえない、癒しの感覚があるように思うんです。おそらく、スープという料理の成り立ちにも関係しているのかもしれない」と、牧元さんは言う。
その昔、フランスにはギルドという専門職の組合があった。煮込み料理は「トゥレトゥール」、肉を焼くのは「ロティサリー」などというように、料理ごとに担当するギルドが分かれていて、専門ではない料理を扱うのは御法度。飲食店は、各ギルドから料理の仕出しを受けて、お酒やパンとともに提供するだけの場だった。
そんな時代に、ブーランジェというフランス人が、みずからの店でスープを出しはじめる。
ギルドが彼を訴えたところ、裁判でブーランジェはこう答えた。
「これは、肉や野菜を煮ている途中の汁で『レストゥール』という新しい料理です。だから、これまでのギルドとは関係ありません」
裁判は、ブーランジェの勝利に終わる。レストゥールの起源は「治療する」「元の状態に戻す」といった意味のラテン語。その名をとって、ブーランジェの店はやがて「レストラン」と呼ばれるようになった。そして、ギルドが崩壊するとともに、「レストラン」は飲食店を指す言葉に移り変わっていったのだ。
つまり、スープは人の身体や心を癒し、元あった状態に戻す力を帯びた食べ物。そして、レストラン文化のはじまりの料理でもある。
おいしいスープは時空を越えて、
人間の共通項を呼び起こす
旅は、身体だけじゃなく心も使うもの。知らない土地で緊張したり、多くのものを見聞きして、脳をめいっぱい動かしている。だからこそ、スープの良さをあらためて確認するタイミングも多い。
思い返せばガルビュールだけでなく、さまざまなスープが牧元さんを癒してきた。
同じバスクでも、スペイン側のサン・セバスチャンで食べた「ポチャス」。コンソメもブイヨンも入れず、豆と野菜をただただじっくり煮込んだだけなのに、味わいにとても奥行きがあったことを覚えている。
ペルー・クスコでは、世界じゅうのスープが並ぶ店にも出会った。富士山なみの高度の町で、すっかり食欲を失っていたのに。そこでふと頼んだ一杯のスープが、心身をやさしく包み、元気を取り戻してくれた。
牧元さんは「旅先でおいしいスープを飲んだとき、意識が時空を越えていく」という。日本からはるか遠く離れた場所にいても、なぜか懐かしい。自分のルーツや人間として共通する部分が、太い鎖でつながっているような感覚をおぼえるのだ。
「そういう豊かな味のスープがあれば、戦争なんて起きないんじゃないかとも思うんです。おいしいスープは、愛と平和そのものだから」と、牧元さんは微笑んだ。
旅人のプロフィール
マッキー牧元
㈱味の手帖 取締役編集顧問 タベアルキスト。立ち食いそばから割烹、フレンチからエスニック、スィーツから居酒屋まで、年間六〇〇回外食をし、料理評論、紀行、雑誌寄稿、ラジオ、テレビ出演。